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丸月黒き逆三角の日 遺跡の外にこたつが欲しい (記録者:グラスレイ)
久しぶりの外は眩しかった。
空に浮かぶ太陽と、それを反射する白銀の大地。 いつの間にか遺跡の外の気候はがらりと変わってしまったようだ。 蚯蚓に至っては土の中に逃げ込んでしまって出てこない。 今まで遺跡の中にいた俺達にとって、そこは眩しすぎる世界だった。 それもただ目に映る景色だけが眩しいのではない。 そこここで談笑する冒険者の姿。 頑健な肉体の男性から、小さな子供達、姿からは年齢の分からない者まで、 あらゆる冒険者がそこで束の間の安息を得ていた。 暫く遺跡の中に潜り続けていたため、こんなにも人が多かったことを忘れていた。 これだけ沢山の人がいたとしても、中に潜れば数は激減してしまうのだ。 遺跡の外に出て得た情報なのだが、この遺跡はずいぶん複雑な構造をしているのだそうだ。 そのため冒険者は幾つものルートに分かれて遺跡を探索している状況らしい。 加えて俺が選んだルートは比較的人の少ない道だったとか。 どんなルートを進んできたのか、振り返ってみればそれも納得できる話だ。 あそこに出るためにはまず深い森を抜けなければならないのだ。 それも遺跡に入った直後の不慣れな身では、到底勝ち残ることの出来ない深い森を。 我ながらあんな森の中を良く駆け抜けようと考えたものだ。 そんなルートを進んできたのだから、遺跡外の人の多さに驚くのも仕方のないことだろう。 ともあれ、遺跡の外に出たことで俺は最新の地図を手に入れることが出来た。 今までは前を進んでいた者の後ろ姿や、自分の視覚しか頼るものがなかった身としてはありがたい贈り物だ。 地図をよく見てみると、どうやらこの遺跡の深部へと繋がる道は一つではないらしい。 枝分かれしたルート全てが行き止まりになることなく続いていた。 だが、俺が進んできた道を進み続けるとなると、例の骸骨軍団か、長い床の続く道かの選択しかないようだ。 暫く考えてみたが、俺の今の実力ではどちらも進むことが出来そうにない。 構造では前に進めるが、暫く足止めを喰らうのは間違いない。 ここは一つ、他のルートを進んで魔法陣を踏んでおくのも良いかも知れない。 知っての通り、魔法陣というのはその模様さえ覚えておけばいつでも利用できるものだ。 記憶力の許す限りいくらでも覚えておくことが出来る。 それならば、一つのルートに固執する必要はない。 他の道へ少し寄り道して、魔法陣を集めておくのも悪い話ではないだろう。 もちろん最初に選んだ道を見捨てるつもりはないが、 どこかで本当の行き止まりになる可能性もあり得なくはない。 今回の寄り道はそんなときのための保険だ。 とはいえ、俺とペット達の実力で進めそうな道となると限られてくる。 今日遺跡に潜るまでにどのルートを選ぶのか、しっかりと見極めなければいけない。 それにしても、遺跡の外というのは賑やかだ。 至る所から人の叫び声が聞こえてくる。 真剣な悩み事から悲痛な叫び、 叫びなのに叫んでいない者や愉快なことを叫ぶ者。 本当に、これら全てが戦える者の叫び声なのだろうか、と耳を疑うぐらいに。 そもそもこの遺跡自体がパーティの会場だという話だ。 ここにいる者が全て戦闘のプロというわけでもないのだろう。 中には命の危険など何も考えていない、楽しいことが好きなだけの者も紛れているのかも知れない。 だが、本当にこの遺跡は、娯楽のために与えられた場所なのだろうか。 そんな風に命の危険の全くない場所なのだろうか。 こんな遺跡をはいどうぞ、と差し出されて疑うなというのが無理な話なのだ。 そもそもこのパーティの主催者が誰なのか、未だに確実な情報はない。 中には温泉を掘り当てた人がその営業で得た資金で遺跡を作りだしたとか、 空からやってきた宇宙人が暇だったから遺跡をこねこねしただとか、 とにかく入ってくるとしてもそんなとんでもない情報ばかりなのだ。 未だ完全なベールに包まれた主催者。 俺達は彼の掌で行われる舞踏会で、何をさせられているのだろうか。 まさか、あれか。 この遺跡には歩行雑草が多い。それが一体何故だか、考えた者はいないのだろうか。 平原を歩けばまず雑草。 召喚されて出てくるのはまず多分雑草。 冒険者が連れているのはきっと雑草。 これほどの雑草の多さは明らかに異常だ。 食物連鎖の底辺にあるものほど数が多いとは言うが、あまりにも多すぎる。 この雑草が全て自然に発生したものではないと仮定したら? この遺跡に入り浸った冒険者達が、気づかぬうちに変化してしまったなれの果てだとは、考えられないだろうか。 遺跡に潜る度に少しずつ繊維へと近づいていく四肢。 気が付いたときにはもさもさと口元が動いていて。 止めなければいけない。これ以上深みに近づいてはいけない。 心の中でそう自分を諫めても、体はもう言うことを聞かない。 いつの間にか周りに仲間はいなくて、いつの間にか周りには雑草が群がっていて、 心の中まで緑色に染められていき、そして――。 考えただけでも背筋が凍り付くような、とても恐ろしい光景が頭の中を過ぎていった。 とても恐ろしくなってしまったので、日記帳に書いて発散させてもらった。 でも、こんなことはまさかの話だ。これは俺の仮説だ。 何の根拠もない妄想なのだ。 そんなとてつもない呪いをこの遺跡全体にかけられる程の術士、俺は聞いたことがない。 だが、ミイラ取りがなんたらという話もある。 心の奥底に、警戒だけはしておこう。 自分の手を見てみたが、まだ俺の手は肉だった。 大丈夫。 俺はまだ、人間だ。 それにしても、今日はずっと見られている感覚があった。 いや、正確には今これを書いている時点でもそんな感覚があるのだ。 決してストーカーに追われているだとかそんな危なっかしい話じゃない。 その視線の元ははっきりと分かるのだ。 その視線は俺の肩の上にある。 体を小さくしながら、じっと俺の手の先を見つめている。 時折首筋に触れる尻尾がくすぐったい。 そう、それは俺のペットである山猫のレィレだ。 昨日まではこんな事はなかった。 時折俺の側に来て日記を覗くこともあるが、すぐに興味を失ってどこかへ行ってしまう。 昨日のレィレからは、肩の上に乗るなどという期待は浮かびもしなかった。 俺の近くにいる時間よりも、いない時間の方が多かったのではないだろうか。 ペットとはいえ、力でねじ伏せているわけではない。 放任しているのだから、レィレがそんな生き方をしているのも当然な事だ。 だが、そんな奴が俺に歩み寄ってきてくれた。 こちらからも何らかのアクションを取るべきではないだろうか。 以前仲間という絆は細い糸が良いと書いたが、それと感謝しないのとは別の話だ。 戦闘に貢献している彼らに、少しは感謝の気持ちを表してみるのも悪くない。 そんなことをするから失ったときに辛くなるのに。 そう自嘲しながらも、俺は彼らの世話をもう少し真面目にやることを心に決めた。 その決意に俺は深い後悔をすることになるのだが、それはまた、別の話。 いやな、さっきの文章書いてからちょっと動物達の世話をしてみた。 具体的に言うと、手近にいたレィレの世話から始めたのだが。 何でも猫は洗ってやるのが良いとか言う話を聞いたので、早速実行することにしたのだ。 俺達の周りには、幸運にも大量の水があった。 そう、大量の水。白銀に輝く、水。 これを利用しない手はないだろう。 こんな寒い次期に普通の水の中に体を入れれば凍えてしまう。 だが、ここに降り積もった雪は違う。 俺は一度この雪の暖かさを体感しているのだ。 それは「カマクラ」という設備だったのだが、 それは雪で自分の周りを囲むだけでできる非常に簡単な防寒対策だった。 雪で囲むだけで暖かくなるなら、雪を体に纏えばもっと暖かいに違いない。 そう考えた俺は、レィレに大量の雪を被せてやった。 これならば、雪がある間は暖かいし、溶けるときに同時に体も洗える。 雪とは何て素晴らしい素材なのだろう。 そんな風に感動していたら、とてつもない殺気が俺を貫いた。 その時、山猫はカマイタチになった。 でも、きっとこれが動物とのコミュニケーションと言うものだろう。 最初は感謝の気持ちも受け入れてもらえなくて当然なのだ。 俺のこの命が続く限り、彼らが俺の後ろを付いてきている限り、 彼らとのコミュニケーションを断つことは許されない。 たとえそれがどんなに辛く、危険なものだとしても。 いつかきっと、彼らも素直になってくれるはずだ。 俺、もう一度遺跡の中から戻ってこれるのかな。 考えてみると、以前遺跡の中に戻ったときは俺とぴょん大吉の二人だけだったのだ。 (その時もレィレは俺についてきていたようだが、 まだ俺の仲間になる確証はなかったため、ペットの数には数えないでおく) そして今、俺の側にはペットとなった動物が二匹。 この調子で次に戻ってくるときもペットが増えるとしたら? 考えたくはないが、決してあり得ない話ではない。 そうなっても俺はこのようなコミュニケーションを続けることが出来るのだろうか。 コミュニケーションというのはエネルギーを消費するものだ。 エネルギーを使えば当然何かを食べなければ行けない。 俺のような人間は自分の体の中でエネルギーを作れないのだから。 もし作業が増えるとしたら、それはつまり、そういうことだ。 今度遺跡から出たときは、出来るだけ良質の保存食を買い求めてみようと思った。 だからそれまでの間は祈っておこう。 それまでに餓死しませんように。 そしてそれ以上に、ペットの反抗に負けてしまいませんように。 PR |
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