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「……これ以上戦うのは拙そうだな」 一歩下がろうとして、足下の木の根に躓く。 危うく倒れそうになるところを何とか持ちこたえ、鹿の突進を受け流す。 その際にガントレットの一部が奇怪な音を立てて弾け飛んだ。 変形した金属が指に食い込まなかったのは幸いなのだろうか。 左手に当たる風を感じながら、リコは息を吐いた。 こんな地形で、よく突進を繰り返せるものだ。 最初は彼女も突進を考えた。 ジャングルの王とはいえ、相手は鹿だ。 その側面に回り込んでしまえば反撃される余地はないだろう。 そう思って突きだした槍は、今では彼女達を取り囲む木々の一つに突き刺さり、 その枝を不格好に増やしただけだった。 槍を抜こうと試みたが、流石に自分の全体重を掛けただけあってびくともしない。 「無様な。」 鹿の呟きに驚いたのだろうか、いくつかの鳥が奇妙な鳴き声と共に飛び去った。 頭上では猿らしき鳴き声が飛び交っている。 煩いギャラリーだ。 リコを苛立たせる要因はそれだけではなかった。 乱立する木々の根や、その木に纏わりついた蔓は地面をはい回り、隙あらば彼女の脚を絡め取ろうとする。 じめじめとした空気が鎧の中にも入り込み、その中は汗で酷い有様になっていた。 これがジャングル。 リコの頬を生暖かい汗が伝い落ちる。 ふと、森に入る前からおいしい草を握りしめていたことに気づく。 むしゃくしゃしていたので食べた。おいしいのがとても悔しかった。 飲み込んでから、自分は一体何をやっているのだろうと後悔。 今まで存在すら知らなかった環境に、彼女の精神力は限界に達していた。 せめてもの救いは直前にシャルロットとはぐれていたことだろうか。 ここは彼女のような馬が通れる場所じゃない。 そういえば、シャルロットはまだあの平原で待っているだろうか。 早く帰らなければ彼女がここに来てしまうかもしれない。 そんなことを考えている間に、再び地面を蹴る蹄の音が響いた。 戦意を失った相手にも容赦がない。まさに獣だ。 木々に巻き付いた蔦を頼りに、上方に避難する。 こう言うときに彼女の鎧は都合が良い。 馬への負担を極力減らす為に、かなり無茶な軽量化がされている。 突撃の衝撃さえ防ぎきれないのは流石にやりすぎた感があったが、 シャルロットの負担と天秤に掛ければ、それは彼女にとって大した問題ではなかった。 蔦に捕まりながら地上を見下ろす。 流石に相手は鹿だ。木の上に逃げれば暫くは攻撃を凌げる。 とはいえ、木に体当たりでもされれば落下は免れないだろう。 彼女が掴んでいる蔦は、軽量化された彼女の重さだけでも悲鳴を上げていた。 それならば。 何を思ったのか、リコは掴んだ蔦をすぐに離し、急降下していく。 そのような行為は、鹿の真上から行わない限り何の意味もない。 現に鹿はその着地の瞬間に上手く合うように突撃を始たのだ。 着地と同時に貫くつもりなのだろう。 その動きを見て、彼女の口が僅かに歪む。 リコの目が捉えているのは、一本の白い枝。 彼女が攻撃を外したために木に突き刺さった彼女の槍だった。 全体重をかけて突き刺したなら、全体重をかけて抜けばいい。 幸いにも、槍はその木を貫通してはいない。 彼女が白い枝に着地すると、果たしてその枝は木の樹皮を引き裂いて地に落ちた。 弾け飛んだ樹皮の破片が突撃してきた鹿に降り注ぐ。 その速度が僅かに緩んだために、角は彼女を捉え損ねて木に激突する。 突撃を避けたリコは、飛び降りた勢いを利用して地面を転がり、鹿から僅かな距離をとって起きあがった。 その手には、白い槍がしっかりと握られていた。 「ふん・・・」 鹿は鼻先で笑う。 そう、だからといって形勢が逆転したわけでもない。 槍を取り戻した満身創痍の娘と、木への激突さえ苦にしない、余力を残した鹿。 その槍は鹿の突撃を牽制するだけでしかない。 どうせ振り回したところで、この密林の中では再び木の枝に戻るだけだ。 リコが森の中の戦いを知らないことは、すでに鹿にも分かっていた。 鹿は距離を置いて、再び突撃を繰り出す隙を伺い始めた。 彼女の槍は、ただ戦況の動きを止めただけだった。 かのように思われた。 「……止まれ」 リコの顔が歪み、俯く。 その腕は震え、槍の先端が僅かに鹿から逸れた。 鹿はそれを見逃すことなく、突撃してくる。 「止まれ」 再び鹿が鼻で笑う。止まるはずがないだろうと。 リコの槍の先は既に地面に落ちていた。 リコはもう鹿を見ていない。 地面を睨みながら、大きく息を吸った。 「……止まれ、シャルロット!」 鹿の角が彼女の腹を貫くよりもずっと、ずっと速く。 木々の隙間を強引に引き裂いて、真っ白な突風が鹿の背を押し潰していった。 PR |
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