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FalseIslandという定期更新型ゲームに参加中の、リコ・メルシェ(1227)の日記の保管とかPLの戯言とかです
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――だけど、だけどね


――最後に、一つだけ。


――私のわがまま、聞いてもらっても良いかな?








                                     ザイニン
生者の行進





「……お前は、何をしているんだ?」

 目の前にある、歪な生命に語りかけた。
返ってくる答えはない。
それはただ、辺りの景色と共にその場に揺らめいていた。
水面に映した人の姿、それが一番表現では近いだろうか。
そこにあることは分かるのだが、波のような揺らぎのせいではっきりとした形を捉えられない。
ただ時折はっきりと映るその時に、瞳のようなモノが見えた。
その瞳がどこか遠くを見つめているようだった。
 これは、消えようとしているのだろうか。
周りの景色がそれと共に揺らいでいるのは、あの存在が辺りの大気と同化しかけているからだろう。
そうやって自らの存在を希薄にしていけば、いつかは消えることが出来るかも知れない。
それはあれが考え出した精一杯の知恵なのだろう。
池の中に放り込んだ絵の具は、いずれ薄くなって目では見えなくなる。
だが。

「あんたの隣にある木……分かるか?
 あんたがそこにいるために、命を全て吸い取られたんだ」

 びくり、とその揺らめきに一つの波紋が生まれた。
その眼が、ゆっくりとこちらに向けられた。
その虚ろな目が何処か恐ろしくて、俺は木の方に視線をやった。
 桜だ。青々と茂る、葉桜。
本来なら太陽の光を集めるためにピンと伸びているはずのその葉は、力無くしなだれている。
冷たい風が吹き付けるが、それによって爽やかな合唱が行われることもない。
先程まで降っていた雨の滴が、葉の先端からボタボタと落ちていく。
 まるでその木に本来あった活力が、命の滴となって大地に還っていくのを見るようだった。
空に浮かぶ雨雲がやけに黒く見える。
きっとこの木は、このまま葉を落とすこともなく色を変えていくのだろう。


――「それで、俺にそいつを連れてこい、と?」

「そうです。あの"生命"を生み落とした私の成すべきこと。
 彼女には……生きるための知恵を教えなければなりません。
 知識とは違う、知恵を」

 ベッドの上に横たわったレィレは俺に語りかけた。
その声は今にも消えそうなほど弱々しかったが、その芯に強い意志が感じられた。

「そこまでする意味はあるのか?
 あの危険な生命をそこまでして育てる意味は」

「……あると信じるしか、私には出来ません。
 それでも、これは私の使命なのです。最後に与えられた……使命なのです」

 そう言ってレィレは俺に向けて上げられた首をベッドに埋めた。
そして、彼女の目の前に置かれた白い物体を見つめている。
それはボロボロのぬいぐるみだった。
所々刺繍が解れていて、放っておけばそのうち中から綿が出てしまうだろう。
……あんなもの、何処で拾ってきたんだ?

「グラスレイさん」

 隣のベッドで同じように横になっていたリリューテルが起きあがろうとしていた。
俺達の中で尤もダメージを受けたのは彼女だ。
俺と共に渦のほぼ中心にいて、その被害の直撃を受けた。
彼女の動きを制止して、その言葉に耳を傾ける。

「私からもお願いして良いでしょうか。
 確かに私達はあの日記帳のせいでこんなことになってしまいました。
 ……けど、さっきレィレさんから話を聞いた限りでは、
 あの日記帳自体に悪気はなかったんだと思うんです」

 こういう奴を人間ならお人好し、とでも言うのだろうか。
自分が一番酷い目にあっておきながら、どうしてそんなことが言える?
そもそもこいつは、レィレの話を聞いてからも自分が利用されていたことには何ら言及する気がない。
甘いのか、それとも他人を責める勇気がないのか。

 だが――


 あれ自体に悪気はなかった。
相対した今、それは俺にもはっきりと分かる。
少なくとも後悔という感情は持っているのだろう。
これからどうすればいいか分からなくて困惑しているようだった。

「まずははっきりとした姿をとれ。
 そんな状態じゃ……どこまであんたが被害を与えるか分かったもんじゃない」

 あれの場合は、池に放り込まれた絵の具と言うよりは、猛毒だった。
薄くなっていくが故に、何処までが毒の混ざった水か分からない。
触れた文字を吸収するというあの日記帳の特性は、
"触れたモノの命"を吸収するという方向へ特化してこの生命の中に残っているようだ。
そこに生えていた葉桜は、薄くなったそれに引き寄せられてしまったのだろう。
俺自身も何処まで近づけば危険なのかが分からない。
そのため、それ以上俺達の距離を詰めることが出来なかった。

「これ以上同じことを繰り返したくないなら……な」

 景色の揺らぎがゆっくりと静まっていく。
それは、それが存在を一カ所に集め始めたことを表していた。
言葉が通じたことに安堵し、一つ溜息をつく。
 魔法によって作り出された生物。そう表現するのが一番近いだろうか。
日記帳の中に閉じこめられていた魔力は、その殻を破ってその"魔力だけ"の状態でそこに存在している。
俺は魔法に詳しいわけではなかったが、
基本的に魔力を集めれば形がはっきりすると言うことだけは感覚で分かっていた。
 その姿が確かな輪郭を帯びていくのは、魔力が集っていく証拠だろう。
それは人間の少女だった。
レィレの話ではこの日記帳の前の持ち主は病弱な少女だったらしい。
だとしたらこの姿は、その少女のものを模倣しているのだろうか。
 最後の一瞬、彼女の体に一つの波紋が生まれ、その輪郭で消えた。
魔力の集結が終わった今、もうその波紋が彼女の外に出ることはなかった。
 ほっとした次の瞬間、彼女の体が膝からくずおれた。
そういえば、魔力が集結したときに生まれるのは形だけではなかったのだったか。
集められた魔力には重さも生じるのだそうだ。
立つことすら知らないそれに、自分の体重を支えろと言うのは無理があったか。
 右手に持っていた杖を僅かに前へ進める。
俺自身も、そいつのことを言える身ではなかった。
あまりに多くの生命力を吸い取られたため、暫くは二本の足だけでは歩けそうにない。
死に至らなかったのは不幸中の幸いなのか、それとも。

「……お前はあの時、何をした?」

 這い寄るように、ゆっくりと。
杖に体重を預けて、少しずつそれに近づきながら問いかける。
ある場所を境に、足下の草を踏みしめる音が小さくなった。
どうやらここで犠牲になったのはあの葉桜だけではなかったらしい。
その音の変わった部分の草は、
踏みつけられたままの姿で元に戻ろうとする気配が微塵も感じられなかった。
つくづく、恐ろしい力だ。
 あの時俺は、確かに死を覚悟した。
俺の腕の中で動き出した力は、俺を軽く飲み込むほどのものだった。
事実、俺の隣にいたリリューテルは光に包まれたすぐ後で気を失い、
俺も日記帳を手放すのがやっとだったのだから。
あまりにも大きすぎる力の渦の中で、俺はずっと倒れていたのだ。
言ってしまえば回転する石臼の下敷きになっていたようなもの。
それなのに、俺はこうして生きている。

『気がついたときには』

 空中に文字が現れる。
そうか。こいつはまだ"声"の作り方を知らないのか。

『レィレが、倒れてた』

『なんとかしようとして』

『でも、知ってるモノしか、守れなくて』

 もしもあの時、レィレがあの森から逃げ切っていれば。
その時は俺達を守ろうという気にはならなかったのだろうか。
そんな考えがふと頭に過ぎった。
 だが、例え話などどうでもいいことだ。
彼女はレィレのついでに俺とリリューテルを助け、一つの森を滅ぼした。
それが事実だ。
もうどうしようもない、終わってしまったことなのだ。

「立て」

 彼女は罪人だ。
幾つもの命を犠牲にした大罪を持っている、どうしようもない罪人だ。
だからといって、それは悪なのか?
消し去るべき、悪なのだろうか。
 俺はそうは思わない。
そもそも、生者は皆罪人だ。
他の命を刈り取らなければ生きていくことさえ出来ない弱い存在なのだ。
俺だって幾つもの命を刈り取っていく、血塗れの道を歩んでいる。
その道を外れることは出来ない。
彼女の場合は刈り取る対象がたまたま俺達となった、ただそれだけのこと。

「俺達の命を吸い取ったときに、それぐらいの情報は掴んだだろう。
 ……だから、立て。自分の足で、立ち上がれ」

『私は、立ち上がっても、いいの?』

「立ち上がることと、そのまま倒れていること。お前はどちらが辛いと思う?
 俺は……お前に過酷な道を選ばせているだけだ」

 俺の声に、草の中に埋もれていた顔が反応する。
その目が暫く俺の姿を移し、そして僅かに角度を変えてその向こう側を見た。

『晴れてる』

 彼女は上体を起こし、そんな言葉を空に浮かべた。
その文字につられて俺も空を見上げる。
そこには、先程までの雨雲を引き裂いた小さな青空が広がっていた。
遠い海の先では、光の柱が斜めに差し込んでいる。
 そんな景色の端で、少女が何とか体を二本の足で支えることに成功した。

「歩き方は……よくは知らないか。なら俺に捕まれ。
 ……お前を支えられるほどの体力が残っているかは分からないがな」

 恐る恐る、その腕が俺の方に伸びてくる。
俺の肩を掴んだその手は、確かな質感と重さを持っていた。
彼女は今、日記帳としてではなく、一つの生命としてそこに存在している。
 一つ足を前に出すと、少し遅れて足音が隣から聞こえてきた。
学習能力は随分と良いらしい。
これならばレィレの元まで歩いて戻れそうだ。

 目の前には、先程俺が歩いてきた道が延びていた。
雑草を踏み分けてたった今作られた小さな道。
人の集う場所からそう長くはない道だったが、今の俺達にとってはとても長い道だった。
 それでもこの世界に生まれてしまった以上、俺達はこの道から降りることはできない。
生きている限り、罪を投げ捨てて逃げることは許されていないのだ。
だから俺達は数多の十字架を背負ってこの道を歩いていかなければならない。

 周りにいる生者と、お互いの十字架を支え合いながら。









Fin.

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