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丸月四角日 「くも り」があるなら「てんじょう り」もあるだろう
それはもう、動かなかった。ぴくりとも動かなかった。
震える左手でそっと触れてみる。まだ暖かさが残っていた。 助かるのだろうか? 問いかけてみても答える者は誰もいない。天を仰いでも、そこに広がるのは無機質な天井ばかり。ここには何もなかった。俺達を励ます太陽も、慰める風も。心のないもので全て遮断されていた。 あぁ。 俺はなんて無力なんだ。力尽きて横たわるそれを、俺はただどうする事も出来ず見つめているしかないのか。 俺には自分の右手を床に叩きつけることしかできなかった。悔やんだ所でもう遅い。ただ乾いた音が辺りに響くだけ。何度その音を響かせても、『それ』からは反応が返って来なかった。 『俺の右手』は既に、痛みさえ失っていた。 つーか、俺は何でこんなに酷いことになるまで頑張っていたのだろう。右手が痛みを感じないとか相当ヤバい状態じゃないか。もう戦えるとかそんな状態じゃない。誰か医者を呼んでくれ。 余談だが、実際は平野には手を叩きつけて音が響く物なんて滅多に落ちてない。ただの誇張表現だから深く考えないように。 全ての元凶は、昨日拾った日記帳だ。あの日記の一日分を埋め尽くすために俺は人間の限界を超えたのだ。その結果がこれとは、笑いが止まるのも当然だ。 もうあんな日記を書くのはやめよう。そう決意した俺だったが。どういう訳か俺の目の前にはこうして日記帳が広げられている。というかもう書き始めて結構経つんだよな。原稿用紙一枚は行けたんじゃね? それもこれも、日記帳を捨てようとしていたときのことだった。自分が書いたのが人に見られると嫌だから、その部分を破ろうと俺は不覚にもそれを開いてしまったのだ。すると、俺が昨日書いたはずの文章がどこにもない。白、と灰色。昨日初めて開いた時と変わらない姿で今日も俺を誘っていた。 これはあれか。最近噂の――プライバシー保護機能か! きっと秘密の呪文を唱えないと今までの日記が見れない仕組みになっているのか! なんてことだ。俺の知らないうちに日記帳はここまで進化していたのか。愕然とした俺は、偶然とはいえそんな日記をもてたことを幸運に思った。そして何故だか今に至る。 結局動かなくなった右手にペンをぐるぐる巻きにして書くことにした。腕は動くのだから、文字ぐらいは書けるだろう。壊れた玩具にも使い道はあるのよって母さんも言ってたことだし、きっとこれは良いことだ。 さて、何の話だったっけ。 そうそう、今日は船が出てからこの島に辿り着くまでの話だ。もちろんその船はこの島に向けて出された物ではない。俺が乗ったその船の上であのような事件が起こることになるとは、その時の俺は考えもしなかったのだ。 出航して半日ほどした頃だろうか。その時俺は船室にいた。窓から見る景色はのどかそのもので、海面が眩しいほど太陽の光を反射していた。今回の渡航はこの調子で穏やかに続くのだろうか。そんなことを考えながら俺はベッドの上でのんびりしていた。もの凄くのんびりしていた。 そう、正直暇だった。今みたいに命を削って日記を書いているわけでもなく、神に祈る習慣もなく、ましてや武器を磨いて「フヒヒヒヒ……」なんて笑う趣味などあるはずもない。そんな俺にとって、この穏やかな船室は退屈そのものだった。 俺の視界には冷たそうな白色が広がるばかり。……白色? そこで俺はようやく思いだした。そうだ、これは異世界の船じゃないか。俺が普段乗っているそこらの木で出来た船とは違う。探索しないと言う選択肢はなかった。仮にあったとしても、それを選んだら無限ループになっていたはずだ。 そんなわけで、俺はこの船を動かしている奴らを見に行くことにした。これほどの大きさの物体を魔法で動かしているのだ。一人の力で出来るはずがない。きっとどこか大きな部屋か甲板のような場所で、大勢の魔法使いが船を移動させる呪文を唱えているはずだ。そう考えついた俺は、まず甲板に行くことにした。たとえそこに目的の人々がいなかったとしても、乗客の中に居場所を知ってる奴の一人や二人はいるだろう。だが、この船はそんな気持ちで甲板へ足を運んだ俺の予想の遙か上を飛んでいた。 甲板の上には、俺が予想したほど人はいなかった。後で聞いた話だが、普通の人はこの船を探索して異世界の雰囲気に浸っていたらしい。そりゃ外より中の方がいろいろ妙な物も置いてあるだろうしな。 普通の人は甲板にいない。となると、甲板の上には必然的に普通以外の比率が多くなる。 その時の周りの様子をよく思い出してみた。 甲板の柵にもたれかかって項垂れている男。酔ったな。まだまだ普通だ。 いかにも冒険者らしく大きな剣を腰に差した女性。大きな声で笑いながら話している。その隣で彼女の話を聞いている男は何だか元気がなさそうだ。人の話を聞くって、そんなに疲れることなのだろうか。何だか運のなさそうな男だった。それでも普通だ。 右腕に包帯をぐるぐる巻いている男。火傷したのか? ……一応普通にしておいた。それが最適な選択肢だ。 少し甲板を歩いたところ、俺はその異常な光景を目撃ししてしまった。それだけで石にされたように固まってしまった。その存在だけで人を石にするとは、さすがは魔法使いと言うべきか。暫くして石化から解放された俺は、自分に出来る限りのスピードでその状況を整理した。一言に纏められた。 何かレーザー撃ってる。 そう、数人の魔法使い達が一列に並んで、船の進行方向とは逆向きにレーザーを撃っていたのだ。 俺だって幾多の冒険を繰り返してきた。数人で輪になって魔法陣の上に乗っていたり、生け贄を囲んでいたりするのはまだ分かるんだ。常識的に考えて魔法使いっぽいなとは思える。後者はどっちかというと呪術士っぽいけどギリギリラインにしておこう。 だがこれは何だ。まるで戦争で敵に集中砲火でも浴びせているかのようなこの光景は。 目を丸くしながら眺めていると、突然後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこには細身の男が立っていた。直感でこいつは魔法使いだと思った。だってローブを羽織っていたのから。暗い色のローブを着てて細い奴は魔法使い。見た目で人を判断しては行けないと言うが、これが当たる確率は結構高い。 その魔法使いは、聞いてもいないのにこの異様な光景を説明してくれた。 何でも、最近この辺りの船で流行の異世界の技術、「ミサ・イール」飛行法とかいう移動方法らしい。船なのに飛行なのはあえて突っ込まなかった。進行方向と逆向きにレーザーを発射することで、何となく高速で物体を動かせるような気分になるとか。確かに言われてみると、凄く速く船が動いているようにも見えた。だが、今考えるとそれはただの思いこみによるものだったはずだ。実際レーザーの魔法なんかで船は動かせないのだから。 詳しく聞くと実際に船を動かす魔法を使っている奴らは船内のどこかにいるらしい。その辺は極秘で、乗客の一人である彼には分からないとか。やはり船の動力となる人々は狙われる危険があるからだろうな。そう考えると、あんなに堂々とした場所でレーザーを撃たされている彼らの背中に哀愁が見えた。海賊に襲われたら格好の標的じゃないか。いや、あのレーザーなら海賊も近づかないか。 気がつくと、目の前の魔法使いは何だか小難しい話をしていた。後で何となく思い出してみると、どうやら俺は「ミサ・イール」飛行法の素晴らしさについて語られていたらしい。殆ど聞いてなかったからよく分からないが。とりあえず、オリジナルの「ミサ・イール」飛行法は最後に爆発するらしい。一体何がしたいんだオリジナル。もちろん俺が乗っていた船は爆発なんてしないのだとか。異世界の物は珍しいので大切なのだそうだ。ここまで異世界の物のオンパレードだったが、本当に異世界の物って珍しいのだろうか。今でも疑問だ。 そして、適当に相槌を打っていたらいつの間にか話が野宿に移ってしまった。「ミサ・イール」から野宿に移すとは、まるで魔法でも使ったかのような話題の変わりぶりじゃないか。 どうやって火をおこしているのか聞かれたので、普通に答えたら同情された。火ってのは普通摩擦で起こすものだと思っていたのだが。どうにも彼の感覚では火は魔法で起こす物らしい。魔法使いの常識で同情されていたようなので対応に困った。適当に流していると、何だか俺には素質があるみたいなことを言って呪文っぽいものを記したメモを渡してくれた。 グラスレイ は ファイアボール を おぼえた! ……などと簡単に魔法が覚えられるほど世の中甘くはない。この呪文っぽいものをよく覚えて、しっかりと火をイメージして、呪文の最後にくるくると笑顔で回転しながら「まじからまじかりまじまじかーる」と叫ばなければならないらしい。もちろん語尾につけるハートや星は一つや二つでは足りないだろう。 いつだったか、魔法使いはよく嘘をつくと聞いたことがある。危うく全部信じるところだった。 とりあえず、「まじから」以降は嘘だろうと心の中で決めてそのメモを貰った。 船室に戻って、それの練習をしてみることにした。いきなりやって成功するはずないだろう。そう思ってはいたが、念のため床に向けて撃つことにした。木じゃないならこの床は燃えないだろう。 教わったとおりに呪文を唱えていく。そして、俺はくるくると笑顔で回った! 目の前が真っ白になった。 こんな時に役に立つのが異世界グッズ。デパートで買った、光を遮る不思議な眼鏡「サングラス」をかけてよく見てみると、どうやらそれはレーザーらしい。 何故だろう。俺が教わったのは火の魔法だったような。 魔法使いはよく嘘をつく。その時になって、俺はやっと理解したのだった。 魔法など使ったことのない俺が、こんな派手な魔法をいつまでも使っていられるはずがなかった。 次第に失われていく魔力。魔力って生命力に近い物だと聞いたことがある。俺の体力も同時に失われていったのだ。 倒れる寸前に見たのは、床にあいた大きな穴だった。この青い色は空じゃないんだろうな。穴に落ちてはいけない。直感に告げられた俺は、穴に落ちない方向に体重を傾けた。 残念ながら、まだ島にはたどり着かない。本当は一日で書ききるつもりだったのだが、不思議なものだ。 本当はこれも3000字強で終わる予定だったのは絶対に秘密だ。 PR |
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